あけましておめでとうございます。
お正月もあっという間に過ぎてしまい、今日から仕事という人も多いのではないでしょうか。
今年もメルマガに負けないくらいブログも一生懸命書いていきますのでよろしくお願いします。
大津秀一さんは東京都世田谷区のクリニックで終末期患者への緩和医療に携わっています。
大津さんは終末期におけるたくさんの患者さんとの会話を通して、ほとんどの人が生きている間にやらなかったことについて後悔していることを知りました。
それらを『死ぬときに後悔すること25』という本にまとめました。
【本日の紹介図書】
『死ぬときに後悔すること25』
―1000人の死を見届けた終末期医療の専門家が書いた
大津秀一 1,575円(致知出版社 2008.5.30)
死ぬ前に一番後悔することはなんといってもガンを早期に発見できなかったことやたばこをやめなかったことなど予防を怠ってきたことです。
身体面だけでなく心理的な後悔も多いようです。
患者さんが必ず口にすることが「人生はあっという間だった」という言葉だそうです。
その言葉には自分がやりたいようにやらなかったことへの後悔の念が含まれています。
ひたすら他者のために尽くして、自分のやりたいことをしなかったことに後悔します。
自分勝手の自由はダメですが、自らによって立ち、何者にも束縛されない自由な生き方について考えてみる価値がありそうです。
たとえば、
「新しい恋に生きたければ今すぐ行動を起こす」とか
「世に名を残したいなら今すぐ行動を始める」
という具合にです。
大津さんは一点の曇りもない穏やかな顔のままで亡くなった患者さんも看取ってきました。
彼らは、たとえば都会暮らしを捨て第二の人生を自然とともに生きることにした人、新しい伴侶とともに生涯を愛に生きた人であったりしたそうです。
坂本龍馬のような「やりたい放題の人生」にあこがれるからこそ、たくさんの人が彼を慕うのではないかと思います。

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今、ココで死んでも悔いは無いか....
う~ん、悔いは無いかもしれないですが、残された仕事、家族は気になりますよね。
あけましておめでとうございます。
本年も貴重な情報、考え方など頂けるのが嬉しいです。
すずボスの父母もホスピスで息を引き取りました。最後までおつきあい頂いた病院の先生や看護師さんの優しさは今でも忘れません。
父は死期を宣告されたとき(息を引き取る前日)も趣味のバードカービングをもう一度やることを目標にしようか、母には長生きをして欲しい、と言って逝きました。慌てるでもなく堂々としていたな~と思います。自分なりに充実感をもっていたのかもしれません。
私も家族には和やかな顔を見せながら逝けるようになりたいと思います。
その前に今年も頑張りましょう!
くーじゃんさん
私自身については今、両親も、妻も娘もみな元気でいちばん幸せなときなので、家族との関わりにおいては今なら幸せに死ねると思います。でも周りのことを考えないといけないですものね。それにやりたいことがまだまだできていませんのできっと後悔すると思います。
すずボスさん
今年もよろしくお願いします。最後まで夢を追い求めたお父様の姿勢は龍馬と同じですね。素晴らしいです。私の場合、自分のやりたいことは妄想の域から出ておらず、今、死を宣告されたら後悔のかたまりになってしまうと思います。今のように生きづらい時代は生きることだけでもすごいことなのかもしれませんが、最期まで夢に向かって姿勢を崩さずにがんばれればと思います。
本年もよろしくお願いいたします。
今、配偶者の実家から戻ったところです。義父は痴呆が進み、義母は心肺機能がかなり衰えて動くことも大変な状態で、二人が在宅介護を受けています。
ただ、義母は3年ほど前に医師から、いつ何が起こっても不思議はないと宣告され、その際に終末の延命医療を拒否し、すでに死後のすべての手配を終え、毎日が「今日はとてもいい日だった」といいながら生きています。
目も不自由ながら頭脳は明晰で、物の在り処、人の生年月日や日々のニュースなどもしっかり頭に入っています。
毎月1回配偶者が会いに行くのを楽しみに、生きることを満喫しているような印象を受けます。
この義母のような末期を迎えられればと思っています。
マーさん
今年もよろしくお願いします。
『死ぬときに後悔すること25』にも延命治療の是非について筆者の考えが示されていました。マーさんのおっしゃる通り、1日でも長く延命させるため人としての尊厳を損なうような治療はしてはならず、患者さんの痛みを緩和しながら有意義に過ごすことができる時間をいかに残してあげるかが自分に与えられた使命だと語っていました。お義母さんはまさに生を満喫されていますね。私はまだ自分に残された時間が後どれだけあるか見当もつきませんが、命には限りがあることを知り、1日1日をムダにしてはいけないと思っています。